グランドキャニオン国立公園はアリゾナ州北部にある峡谷で、コロラド高原がコロラド川の浸食によって削られた。先カンブリア紀からぺルム紀までの地層を目のあたりにする、まさに地球46億年の歴史です。グランドキャニオンは20億年の地層が肉眼で観る事が出来る事がグランドキャニオンの素晴らしさです。グランドキャニオンは7000万年前、地球の地殻変動により隆起した、約4000万年前コロラド川の浸食がはじまり、500万年前に全容を表し、現在の様な峡谷になったのは約200万年前今もかお浸食は続いている。長さ446km、幅6km~29km、深さ平均1200m、最も深いところで1800m。10500年前には人類がいたと思われ、ネイティブ・アメリカンは少なくとも4000年前にはこの地域に住んでいた。1540年9月スペイン人領だったこの地域を軍人ガルシア・ロペスと隊が金を探しに来た。1869年アメリカ軍人ジョン・ウエスレー・パウエルは調査の為訪れた。グランドキャニオン・ゲート・シティー、ツサヤンはホピ族のインディアン語で水がほんの少ししか無いの意味です。 高さ約25メートルにも成長する赤松、こちらではパンデロッサパインと呼ばれております。大きな松ボックリが出来ます。楢の木とブナの木がありませんので松茸はなりません。7メートルから15メートル位まで成長するピニヨン松があり3年毎に実がなります。先住民もこの実を食べ、また、粉にしてドーを作りました。ピニヨン松と同じ高さに成長するユタジュニパーは香辛料、下剤薬、お酒のジンの原料です。ジーパンの発明者リバイスはこの木の青い実の汁で最初のジーパンを染めたと聞きます。ナバホ族はこの実の種を魔除けとして首飾りにしてます。ヘビが嫌う匂いがあるとのこと。他の木々では、樫の木、コットンウッドツリーンなど、シュラブ系ではサーベスベリー、クリフリーズ、ファンブシュなど、サボテン系では、バナナユッカ、クラレトカップ、ビーバーテイルなど。国立森林公園の中にあるツサヤンの町には井戸が2つあります。水は地下約1千メートルにあり氷河期の残りの水です。井戸を掘るとなると現在5千万円は費やされます。ここでは飲み水は貴重です。ホテルでは皿洗いのお水は再使用してトイレのフラッシュのお水、または花壇のお水に無駄の無いように使用してます。2つの井戸では賄いきれませんので96キロ離れたウイリアムの町と国立公園から水を補給してます。水が少ないのでここのマクドナルドハンバーガーは全米で2番目に高価です。1番はマンハッタン。人口は約6百人。この町の70%の土地はナショナルジオグラフィック出版会社の所有です。国立公園入園にあたり2つ注意事項があります。動植物を採取しない。火の元に注意 特にタバコの吸い殻の注意” 現在388ヶ所の国立公園システムが全米にあります。そのうち国立公園と名のつく公園は58箇所です。連邦政府の管轄で宿泊施設や景観など園内はすべてにおいて管理されています。地球上の貴重な財産として、生態系についても厳重に管理されてます。米国の26代目大統領のテオドールルーズベルトはグランドキャニオンを“グランドキャニオンは誰もが見るべき偉大な光景のひとつである”“我々の子供のまた子供、子孫がこの光景を見られるように大事にしましょう”の言葉を残してます。彼は1903年と1911年の2度グランドキャニオンに訪れています。1908年(明治41年)に国定公園制定-テオドールルーズベルト大統領、1919年(大正8年)に国立公園制定 ― ウッドロー ウイルソン大統領、その時の訪問者4万4千173人(第1次世界大戦の為減少)、 1915年は10万6千人でした。1956年には約百万人、1969年には2百万人、1976年には3百万人、1979年にワールドヘリテッジ(世界遺産)に制定。1992年には4百万人、現在、5百万人を超しています。全米最初の国立公園はイエローストン国立公園です。1872年制定。当時は軍隊が管理してました。その辺から国立公園警備隊(レンジャー)のユニフォームは軍隊服に似ています。グランドキャニオン国立公園は全米国立公園の中で2番目(1番-テネシー州とノースキャロライナ州の境に位置するグレートスモーキーマウンテン国立公園 年9百万人の訪問者)に訪問者が多い国立公園です。グランドキャニオンの全長は約443キロメートルで約東京-米原間位の距離です。総面積は48万5千ヘクタール。121万8千376エーカー (約121万x 1千2百坪=約14億4千万坪=米国デラウエアー州の大きさに相当)。グランドキャニオン周辺にはワラパイ族、ハバスパイ族、ホピ族、ナバホ族、ピマ族、ヤバパイ族などの種族がおります。中でもハバスパイ族(人口8百人)は谷底で自給自足の生活を営んでいます。ラバに乗って郵便配達(週に2回配達)をしてますのは全米でここだけです。 近くには、ブルーラグーンの映画撮影の場所ハバスの滝と銀鉱を掘っていてその滝の近くの崖から落ちて死んだジェームスムーニーの名に由来したムーニーの滝があります。この滝の周辺には鉛、銅の鉱脈もあります。夏はかなりの訪問者がハバスパイの居住区ヘ訪れております。全米で一番大きな居住区(1千6百万エーカー 東北6県位の大きさ)を持つナバホ族(人口30万人)、彼らは、アジア大陸からベーリング海峡を渡って来たといわれてます。第2次世界大戦時に米軍はナバホ族の言葉を暗号に使いました。グランドキャニオンに生息する動物は、哺乳類が75種類、ロックリス、アルバートリス(南側)、カイバブリス(北側)などのリス類には絶対に餌をあげないように。狂犬病菌を持っている場合あり。コヨーテ、シカ、アンテロープ、ミュールシカ、カモシカ、ウサギ、スカンク、ブラックベアー、ボブキャット、マウンテンライオン、プレアリードッグ、キツネ、タヌキ、アライグマ、イタチ、ミンク、カワウソ、ビーバー、ウバーリン、リンクス、野生のロバ、野生のウマ、野ネズミ、チップモンク、などなど鳥類は3百種類以上、ワシ類(白頭鷲など)、タカ、ツグミ、モズ、カラス、レイバン、カルフォルニアコンドル(1982年には世界に22羽で絶滅状態でしたが各動物園の協力のもとで卵を孵化し育てグランドキャニオンに放し保護されてます。ここには現在306羽が確認されてます。探知器でコンドルの成長を観察してます。)ロードランナー、ハミングバード、カケス、キツツキ、などなど。爬虫類は45種類グランドキャニオンガラガラ蛇はこのグランドキャニオンの底にだけ生息する珍しいうすいピンク色したガラガラ蛇です。1929年に一人のナチュラリストによって発見されました。生きたまま捕らえサンディエゴ動物園に持っていきました。蛇類、たとえば、ウエスタン ガータースネーク、ストライプトウィップスネーク、キングスネーク、トカゲ類、ヒラモンスター、などなど。両生類はカメ、山椒魚、かえるなど5種類、魚類は25種類、虹鱒(放流)、ハンップバックチャブ(絶滅の危機)、コイ、などが生息してます。車窓から見て、パンデロッサ松の幹の部分で禿げているところが目に入りましたら、それは、近くに落雷があり熱により幹の中の松脂が沸騰した時に木の皮が落ちてしまったものです。黒く焼けている木とか草も見えますがそれは、野焼きの跡です。グランドキャニオン村には約2千5百人(冬)、約2千8百人(夏)が暮らしております。週4日制の学校(12年生まで)、診療所、レンジャー事務所、郵便局、消防署、教会、裁判所、図書館、ショッピングマーケット、アパートなどがあります。サンタフェ鉄道(グランドキャニオン鉄道)は1901年9月17日(明治34年)にウィリアムの町からここまで開通致しました。グランドキャニオン駅は1909年(明治42年)にできました。途中一時廃止されましたが10年前から観光用として復活しました。過去全米に14ヶ所の木造ログ駅がありましたが現在3ヶ所のみになりました。この国立公園にはホテルは一軒です。エルトバ・ホテルのみです。1905年1月14日に完成しました。全米で最もお金(当時25万ドル)をかけた木造ログホテルとして有名です。五つ星のホテルです。シカゴの建築家チャールズ ウイトルシー氏が設計し、フレッドハービー社が独自で建設致しました。スイスの田舎風の家とノールウェーの別荘風のスタイルを折衷したイメージです。建築の木材はオレゴン州から持ってきました。オープン当時はブライトエンジェルタバーンの名でしたが、後に、ペドロ デ トバー隊長の名にちなんでエルトバ・ホテルに変えました。彼はスペインの探検隊総督、フランシスコ ベルケス コロナードの命令で1540年にホピインディアンカントリーまで来ております。当時エルトバ・ホテルは、石炭で火力発電でした。グリーンハウス、鶏ハウス、家畜ハウスも作り食材をホテル独自で賄いました。水は192キロメートル離れた町デルリオから鉄道で持ってきました。後、1932年に約932メートル下のインディアンガーデンからパイプで持ってきましたが、1970年から現在に至っては北側のローリングスプリングの滝から22.4キロメートルのパイプで上まで持ってきております。国立公園内全てがこの水で賄われており、日に225万リットルを使っております。歴代のアメリカ大統領を初め、ハリウッド映画スター、英国のローヤルファミリー、各国の貴賓客が宿泊しております。ロッジではカチナ、サンダーバード、ブライトエンジェル、マズウィック、ヤバパイウエスト、ヤバパイイーストの6軒です。ランチ(牧場)は一軒で、ファントムランチと呼ばれております。ファントムランチ(牧場)はヤバパイ展望台から見えます。ブライトエンジェルは峡谷との幅(北壁と南壁)が最も広い所で17.5キロメートルです。グランドキャニオンの峡谷の幅で最短は約6キロメートル。平均約13キロメートルです。北壁は南壁より約3百-4百メートル高い。そのために高い方の北壁に太陽の光が当り種種の鉱物(ミネラル)の反射が太陽の動く時間よって壁の色を変えて行くのです。朝、昼、夕方の壁の色は違います。この展望台からインディアンガーデンが見えます。その昔、ハバスパイ族が野菜を栽培してたといわれてます。ブライトエンジェルトレイル(昔ハバスパイインディアンが南側へ来る道)はこのグランドキャニオンに最初(1881年)に住み着いた白人ジョンハンスが谷底にアスベスト(石綿)の鉱脈を見つけた時にこのトレイルを利用しました。1890年頃、探鉱夫ラルフ .カメロン氏(後、米国国会議員になる。グランドキャニオンの東の町名、カメロン町は彼の名に由来。)がこのトレイルを整備改善し、1928年まで支配してツーリストから$1ドルの通行料を徴収しました。1937年にココニノカウンティー政府が長年の訴訟でオーナーシップを取り名前をブライトエンジェルトレイルとつけました。 現在、レンジャーの詰め所があります。キャンプ場、ハイカーの休憩所でもあります。ラバのキャラバンもここで小休止します。飲み水もあります。出発点(ブライトエンジェルポイントの“ストンコーラル”からそこまでの道のりは約7.4キロメートルです。海抜約1158メートル。ここで左上に行くトレイルはプラトーポイントです。そこまでの道のりは、約9.8キロメートルです。コロラド川(海抜564メートル)までの道のりは約12.32キロメートルです。ファントムランチ(牧場)まで約15.7キロメートルの道のりです。南側は年中オープン、北側は10月半ばから5月半ばまで閉鎖です。確かなグランドキャニオン形成説は有りませんが今のところ下記の二つの説があります。今から3千6百万年前にロッキー山脈(今から6千万年-7千万年前に形成される。)の北東部に当る地域が地球の核内部から強い圧力を受けてドーム型の台地(高原)を作りました。それが現在のカイバブ高原です。当時はコロラド川は存在してません。ロッキー山脈に源を発した一本の川はカイバブ高原を縫って東に流れ現在はペインテッド砂漠と呼ばれる場所に大きな湖を作りました。もう一本の川はカイバブ高原の山頂に源を発し西側を縫って流れておりました。西側の川は渓谷を形成しながらカイバブ高原をうねり切り返し東に向かって流れ続ずけた川は遂にその支流と合流して新しい川ができました。それがコロラド川です。この川は今から5百万年前から6百万年前に出来ました。ほとんど、この川の侵蝕により北と南にニ分されて形成されたと言う1説と今から約2千万年前にコロラド川は存在し今のグランドキャニオンの東側の端からマーブルキャニオン、カナブキャニオンにかけて侵蝕をし始めていた。今から約1千7百万年前にコロラド台地(コロラドプラトー-アリゾナ州北部からユタ州南部から北東部そしてコロラド州西側半分とニューメキシコ州北西部を占める非常に大きな台地)が隆起しコロラド川は台地をもっと深く侵蝕しました。隆起が終わる今から5百万年前迄コロラド台地はゆっくり約3千メートル隆起しました。現在のコロラド川は昔も今も全く変わっていない位置か変わっても大して変わらぬ位置に有り逆にコロラド台地が隆起しトップの柔らかな堆積岩(砂岩、泥岩)、やや固い堆積岩(石灰岩)を侵蝕し続けて形成された1説が有ります。現在のコロラド川は非常に固い火成岩、変成岩の層を流れ侵蝕を続けております。北側をカイバブ高原、南側をココニノ高原と呼んでます。頂上から谷底までの地層は大きく分けて15地層です。先ず、古生代(5億1千万年前―2億5千万年前)に堆積した地層は カイバブ石灰岩―トロウィープフォーメーション-ココニノ砂岩--ハーミット泥岩-スパイフォーメーション-レッドウォール石灰岩-テンプルビュート石灰岩-ムアブ石灰岩-ブライトエンジェル泥岩-タピート砂岩。原生代 (10億年前-5億7千万年前)チュアーグループ-ナンコウィープフォーメーション-ウンカーグループ(ケイ岩)始生代(15億年前 それ以上)ビシュヌ片岩(変成岩)とゾロアスター花崗岩 。地球の歴史は約46億年といわれております。そのうちの約3分の1近くに当る約18億年前に堆積した地層又は岩石を一度で見ることができるのは世界中でこのグランドキャニオンだけです。これが世界遺産になった理由です。このグランドキャニオンには中世代と新生代の層がありません。すでに侵蝕されてしまった説が正しいようです。残っているといえば、グランドキャニオンの東側にあるシーダー山とツサヤンとバレーの間にあるレッドビュートのみです。このグランドキャニオンは海の中やら泥沼のデルタの中を9回入ったり出たりしてます。下から3層目の地層は約5億6千万年前のもので、当時、当りは一面の海、貝殻や海草の化石や砂浜の様子が残っております。下から7層目は3億4千万年前の層で熱帯地域に住む貝や魚の化石が残ることから温暖な時代だったと推測されてます。珊瑚、鮫の歯の化石も見つかっております。マザーポイントは初代グランドキャニオン国立公園園長スティ-ブマザーの名にちなんで付けられました。グランドキャニオン鉄道の線路を横切るとマズウィックロッジです。ラバの囲いが見えてきます。ラバは馬のメスとロバのオスの子供で一代限りです。寿命は60才位。非常におとなしい動物です。耳は馬より大きく、足は短く太い、目と目の間が離れているので180度見えるとのこと。よって、細い崖道を歩いても安心です。馬より動体がやせていますので、初心者でも長時間乗っても内股がそれほど痛くならない。ラバこそここのキャラバンツアーには最適です。80年前から行われているキャラバンツアーでまだ一度も事故は発生してません。キャラバンに参加できるのは、先ず英語の出きる人、身長142センチ以上、体重91キロ以下、妊娠女性はお断り。 1540年にフランシスコ ベスケス コロナード総督の命令で7つの金の町“シボラ”を探しに来た探検家ロペス デ カルデナス隊長がこの周辺に来ています。最初の白人のグランドキャニオン発見者です。 “シボラ”は発見出来ませんでしたが、この大峡谷を発見しました。この時の道の案内役はホピ族のインディアンでした。 シボラ はズーニー族語でバッファローの意です。ここから、コロラド川が谷底にかすかに見えます。幅90メートル、平均深さ 10―11メートル、深いところで約30メートル。コロラド川はロッキー山脈の雪解け、雨水に源を発しカルフォルニア湾に注ぐ全長約2333キロメートルの長い川です。途中、グランドキャニオンの上流に、グレンキャニオンダムがコロラド川を塞き止めた人造湖、パーウェル湖と下流にフーバーダムが同川を塞き止めた人造湖、ミード湖があります。いわば、グランドキャニオンの中を流れているコロラド川はダムとダムの間を流れているのです。通常天気の時は濃い緑色の川ですが強い雨の日になると赤茶色で流れます。、このダムができる前は日に何トンもの土砂と沈殿物を押し流す急流の赤茶色の川でした。スペイン人はリオ コロラド( 赤い川)と呼びました。宿泊施設のファントムランチ(牧場)も見えます。そこまでの道のりは,15.68 キロメートルです。キャビンとドーム(共同寝室)があり、トイレ、シャワー、洗面シンク、石鹸、タオル普通並みに整備されてます。ファントムランチは1922年にフレッドハービー社が建てました。デザインは同社のマリー コルター女史です。総工費$2万2千ドル。自然の石以外の建材はラバによって上から運びました。加工しない自然の石を使ってキャビンを建設してます。国立公園管理局はフレッド ハービー社に自然の環境に調和するデザインの建物を要求しました。フル営業開始は1930年からです。1922年の6月12日にオープン当初は16人程度が宿泊できる状態でした。現在は百人も収容できます。海抜 約731メートル。南壁からは約1360メートル 下。北壁からは約1千6百メートル下に位置してます。このファントムの名の由来は1906年8月25日に合衆国地質学委員会によって認められたファントムクリーク(小川)にあります。この小川はファントムランチの近くを流れている小川です。同年に国立公園管理局が“カイバブ吊り橋”をコロラド側に架けました。この橋は1928年に作り直されて現在に至っております。橋の幅 1.5メートル。全長132メートル。馬は怖がって渡らないと聞きますが、ラバは小走りに駆けぬいて渡ってしまうとのことです。1904年にデービット ラスト氏は18本の桃の木、リンゴの木、ざくろの木、すももの木、を植樹しました。1919年にヤーベリー氏はコットンウッドの木、いちじくの木を牧場のまわりに植樹しました。そして、灌漑の工事もしました。アルファルファの畑、日曜日の夕食に必要なチキンも飼育しました。自家発電機を使いました。1924年-1928年にシャワーとトイレを作りました。1933年には自然保護市民協会(Civilian Conservation Corps)が来て野営場を建設しそこにもっとコットンウッドの木を植樹しましたそして、灌漑の工事もしました。彼らは野営場を立派に整備しプールも作り山道も整備しました。1950年代から国立公園管理局はファントム地域の自然環境を維持するために整備し始めました。合衆国地質学調査の事務所もファントムレンジャー事務所に変わりました。1972年にはプールも埋められました。このグランドキャニオンの中を流れるコロラド川ときってもきれない人物が南北戦争で右腕を失った 少佐ジョンウエスリーパーウェルです。当時35才の彼と9人の探検隊は4隻のボート(3隻は樫の木で作られた。)で1869年(明治2年)5月24日から8月29日の98日間かけて探検しました。途中3人の命が失われました。彼は再度1871年-1872年にかけて探検しました。その時に、ここを「グランドキャニオン」と呼びました。 1881年-1894年 アメリカ合衆国地質学調査長官に任命されました。グランドキャニオンよりもっと深い峡谷はあります。例えば、1つはメキシコの北部にあるバッランカ デル コブレの谷、アイダホ州のヘルズキャニオンの谷ですがグランドキャニオンの大きさとその複雑でカラフルな景色は比べ物になりません。
グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#1 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#2 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#3 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#4 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#5 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#6 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#7 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#8 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#9 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#10 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#11 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#12 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#13 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#14 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#15 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#16 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#17 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#18 ![]() グランドキャニオン国立公園、デザートビュー#19 ![]() 在米写真家Ken Kanazawaプロフィール http://www.kenkanazawa.com アメリカ大自然・神秘・写真集 http://photolv.exblog.jp/ 在米写真家KEN KANAZAWAルート66、ゴーストタウン写真集 http://photolv2.exblog.jp/ http://facebook.com/ken.kanazawa http://twitter.com/#!/javaho3 flickr http://www.flickr.com/photos/kenkanazawa/ ※このブログはトラックバック承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
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