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デビルスタワー


デビルス・タワー ワイオミング州

1906924 1906年に米国初のナショナル・モニュメントに登録された。

マグマが活動した後に急激に冷えて固まった火成岩。
高さ
386m、海抜1558m。頂上は91m×55mの広さがある。


1977年のスティーブン・スピルバーグ監督の映画「未知との遭遇」の
ロケ地で世界的に有名に成った。


インディアンの聖地でアラパホ族インディアンが熊信仰の対象として呼び名を付けていたが、

米国軍人が探検した際、通訳が「悪神のタワー」と誤訳、デビルス・タワーと呼ばれるように成った。


第三畳紀の初め頃、ロッキー山脈が隆起した際にマグマが活動し、堆積岩を突き破った。
溶岩は冷えた後周囲の堆積岩より硬かった為、堆積岩が浸食・削剥され残った。
響岩質斑岩で、冷却の際に柱状節理で垂直方向の割れ目が出来た。


火成岩はマグマが冷えて固まった岩石。火成岩は大きく分けて、
火山岩はマグマが急激に冷えて固まったものと深成岩はマグマがゆっくり
冷えて固まったもの
2種類ある。火山岩と深成岩の分類において重要なのは
冷え固まったスピードである


アラパホ族

北アメリカに先住するインディアン部族。アラパホ族の部族国旗
元々はミシシッピ川より東部、ミネソタ州北部のレッドリバーバレー流域の
森林地帯でトウモロコシやカボチャ、豆などを栽培しながら暮らしていた。


18世紀に白人入植の影響で、南西に移動、ノースダコタ州及びサウスダコタ州の平原地帯を領域とした。

19世紀頃に南下し移動、プラット川沿いのワイオミング州とオクラホマ州の2つのグループに分かれてた。

1863年合衆国政府と平原インディアンとのコロラド戦争に参戦。

1864年サンド・クリークのシャイアン族とアラパホ族の野営地がアメリカ陸軍の攻撃を受け、女子供などを中心に数百人が死亡。

1876年リトルビッグホーンの戦いでスー族、シャイアン族らと共に参戦、カスター中佐率いるアメリカ第七騎兵隊を破った。


「アラパホ」は、「山から駆け下りる人々」、ポーニー族の言葉で
「交易者」の意。彼ら自身は、「我々の人」と自称する


犬を食べる文化があり、他部族からの呼称では犬食いと呼ばれる。
アルゴンキン語族に属し、ティーピーで移動、バッファロー狩りをし、
アースロッジに住んでトウモロコシ栽培、半農型の「平原インディアン」。


アラパホ族は2つのグループに分かれて、ワイオミング州とコロラド州に住む
北部アラパホ族と、オクラホマ州やカンザス州西部などに住む南部アラパホ族がある。

アメリカ連邦政府から公式に「インディアン部族」として認定され、
保留地を領有しているのは、ワイオミング州とオクラホマ州の二部族だけである。


ワイオミング州西部のウィンドリバー・インディアン保留地は、
東ショーショーニー族との共同保留地で、北部アラパホ族が約
3000
。オクラホマ州南部には、「シャイアン・アラパホー保留地」があり、
南部アラパホ族と、北部および南部シャイアン族の共同保留地である。





デビルスタワー国定公園 #1
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デビルスタワー国定公園 #2
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デビルスタワー国定公園 #3
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デビルスタワー国定公園 #4
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デビルスタワー国定公園 #5
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デビルスタワー国定公園 #6
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デビルスタワー国定公園 #7
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デビルスタワー国定公園 #8
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デビルスタワー国定公園 #9
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デビルスタワー国定公園 #10
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デビルスタワー国定公園 #11
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デビルスタワー国定公園 #12
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デビルスタワー国定公園 #14
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デビルスタワー国定公園 #15
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米国ラスベガス写真家KEN KANAZAWAルート66アメリカ大陸写真集
http://photolv2.exblog.jp/

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by javaho3 | 2015-02-25 15:21 | デビルスタワー | Trackback | Comments(0)