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デスバレー・動く石


デスバレー・動く石 神様の落書き

大地の神秘、動く石は世界で2か所、アフリカとココデスバレーの動く石が確認されれています。デスバレーの動く石は、カリフォルニア州とネバダ州の州境のデスバレーの秘境にある僻地のレーストラック・プレアーで、死の谷を人知れず大移動するさまよう岩が人目を避ける様にあります。自然に100kg以上もある巨大な岩が枯れた湖の上を人知れず移動し、ずりずりと引きずられたかのような痕跡があたかも荒野の砂漠に大蛇が自由自在に遊んでいる様にも観えます。


写真家一生に一度、写真に収めたい被写体がレーストラックと言われています。ライド・ストーン、ムービング・ストーンと呼ばれ、直線や曲線、ヘアピンカーブを描いたり、鋭角に曲がり、神様の落書きのような模様はまさに自然の神秘です!未だかって岩が実際に動いているところを目撃した人はいません。神秘の現象はデスバレー内のパナミント山脈北部にあるレーストラック・プレアーの乾いた湖で見られます。


科学者達の多くは、この現象は複雑な気象条件が重なることによって起きると考えています。「風」と「氷」の2つの要因によるものという説が最も有力で、夜間に石の下の地面が氷結し静止摩擦係数が低くなった状態で時速145kmほどの強い突風により石が動き始め、その後も持続する強風に後押しされて地表の薄い泥の層の上を滑り続ける、というものですが、まだ完全には解明されていないそうです。レーストラック・プレアーはほぼ起伏がないうえ、石の多くはわずかに上り坂の方向へ動いているレーストラック・プレアーの北部は南端より数センチ標高が高い為、重力説は除外出来る。


1年に320m以上も移動する事もあり、動いているところは誰も目撃したことがないので、どれほどのスピードで動くのかはまだ明らかにされていません。石は大きなものでは100kg以上に成り。ほとんどはレーストラック・プレアーの南端の高さ260mの丘陵から落石した苦灰岩ですが、近接した丘からの火成岩も混ざっています。162個の石には観測者達によりそれぞれ「Stacy」「Pamela」など女性の名前が付けられています。レーストラック・プレアーの不思議な現象から宇宙人や超常現象を連想する人達もいます。レーストラック・プレアーがエリア51と近い位置にある事からも納得します。


デスバレー国立公園

1994108日国立公園に登録。全米の国立公園、最大広さ。総面積は13158平方km長野県と同じ広さです。複数の山脈を含み標高が高い所では海抜3mを超え、アメリカの国立公園の中で最も乾燥した地域で、西半球で最も海抜の低い盆地のバッドウォーター、-8.5mがあります。夏には気温が50度を超え、世界で観測史上2番目に高い気温、58度を記録しました。デスバレー国立公園はアメリカの国立公園の中で最も乾燥した地域で、西半球で最も海抜の低い盆地のバッドウォーター、-8.5mがある。デスバレー国立公園内は砂漠環境に適した、哺乳類:51、爬虫類:36、魚類:5、鳥類346、植物1042が生息、クレオソート・ブッシュ、ビッグホーン、コヨーテ、デスヴバレー・パプフィッシュが生息。


デスバレーの地名は、1849年ゴールドラッシュ、カリフォルニア州にある金鉱地へ向かっていたグループが近道をしようとこの谷に迷い込み、数週間さまよった末にメンバーの数人が酷暑と水不足によって命を落とした事に由来。


最初に人類が定住したのは紀元前7000年頃、狩猟採集民族のネバレス・スプリング族が居住していた。マンリー湖やパナミント湖の巨大な湖があり、気候は温暖で動物が数多く生息していた。紀元前3000年頃、ネバレス・スプリング族に代わってメスキート・フラット族がこの地域に定住。西暦元年頃、高温で乾燥した砂漠へと変化したこの地域に、サラトガ・スプリング族が移住。サラトガ・スプリング族は集団での狩猟技術に優れた民族で、手工芸にたけていた。デスバレーの谷底には、サラトガ・スプリング族によって作られた、奇妙な形に配された石が残されている。1000年頃、遊牧民族のティンビシャが移住。ティンビシャは、「ショショーニ族」と呼ばれ、「パナミント」や「コソ」の呼び名であった。移住してきたティンビシャは、狩猟や、メスキート、ピニヨン・パインの実を採集して定住。


ゴールドラッシュ

有名な鉱石は、食塩やホウ酸塩、滑石などが堆積した蒸発残留岩に含まれるホウ砂で回収しやすく、利益率の高い鉱石。1881年、初めてホウ砂が発見され、イーグル・ボラックス・ワークスがデスバレーでホウ砂の商業活動を開始。1883年の末にはハーモニー・ボラックス・ワークスのウィリアム・テル・コールマンがこの地域に工場を建設し、1888年まで石鹸の製造や、工業用に使用されるホウ砂の生産を行った。トウェンティ・ミュール・チームが265km離れたモハーベにある鉄道までホウ砂を輸送した。工場と鉄道とを30日かけて往復。1920年代まで、世界第1位のホウ砂の供給源。





デスバレー・動く石 #1
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デスバレー・動く石 #2
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デスバレー・動く石 #3
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デスバレー・動く石 #4
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デスバレー・動く石 #5
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デスバレー・動く石 #6
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デスバレー・動く石 #7

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デスバレー・動く石 #8
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デスバレー・動く石 #9
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デスバレー・動く石 #10            数年前ですがデスバレーの動く石の返りですが、電話も使えない夜中に車が・・・・
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by javaho3 | 2013-01-12 02:45 | デスバレーの動く石 | Trackback

ニュースペッパーロック ユタ州

ニュースペパーロック ユタ州
アーチーズ国立公園とキャニオンランズ国立公園の近郊に位置。

ニュースペッパーロックは一枚岩に書かれている岩絵。
古代の新聞様なもので新聞の元祖であり、
コミュニケーションの道具の元祖。

ペトログリフとは、象徴となる岩石や洞窟内部の壁面に、
意匠、文字が刻まれた彫刻の事。

ギリシア語で石を意味するペトログラフ(彫刻)の造語である。
日本語では通常岩絵と呼ばれる。線刻(画・文字)と呼ばれ、
岩面彫刻、岩石線画、岩面陰刻と訳される。


インディアンには文字というものは無く、
部族の歴史なども文字には残さなかった。
全てが口伝えで子孫へと受け継がれていった
が、
目に見える形で残したのが、この岩絵である。

この様々なシンボルを描いた岩絵はアメリカ全土で
発見されている。人間をはじめ、鳥や動物、そして
様々なシンボルを、岩の表面を石器などで削り表現していく。

この古代エジプトの象形文字のような絵やシンボルはとても謎めいていて、
何時、何の為に、だれに残そうとしたのか徐々にではあるが解明されている。

様々な模様は絡み合い、東を向くものが殆どである、
一つ一つのデザインの意味を解明しても、全体像の意味を理解するのは
不可能テで魅力的な岩絵は不可解で大きな謎に包まれている。

ペトログリフ北米の岩絵

電話、インターネットはコミュニケーションの道具で、
これらの原点がペトロクリフやピクトグラフです。
数千年前から岩に描かれ続けられたものが多く、
北米のものはアメリカ合衆国のインディアンやカナダの
ファースト・シティズンが描いたもので全米に痕跡があり。
現代へのメッセージでもあり、芸術でもあります。


岩絵には、ペトログリフPetroglyph
とピクトグラフ
Pictographがある。

ペトログリフはペトロとグリフ(彫刻)による熟語で、
ペトロはギリシャ語で岩の意、英語では
Peter
日本語はペテロで聖書に記載されている。ピクトグラフとは、
岩を彫りこむ事で描いた、刻印による絵を指す。

ピクトグラフはピクチャーとグラフによる熟語で、
狭義では、岩に塗料を塗って描いた絵を指す。
日本では、両方「岩絵」と呼ばれる。


アメリカ合衆国南西部で古代ペトログリフ(岩絵)を描いた2種族。

1.フリーモント族、ユタ、ネバダ、アイダホ州を拠点。

2.アナザジ族、ユタ州、コロラド州、ニューメキシコ州、アリゾナ州を拠点。


アナサジは、後の時代に、この地にやって来たナバホ族の言葉で敵の先祖を意味する言葉する。
アナサジ族の事を、古代プエブロ族と呼ぶ。又ナバホ族の中には、少数ですが、
音節を変えてアノサジという名称を使う人が居て、埋もれた先祖の意味。


ペトログリフを盛んに描いたのはフレモント族で、
北部のダイナーソワー国定公園から、南部はキャニオンランズ国立公園など
広い範囲に広がり、造形もさまざま。彼らは、独自様式の土偶を作った。
アナサジ族の岩絵は、チャコキャニオンなどに一部残っている。
チャコキャニオンでは、かに星雲となった超新星爆発を描いた物がある


メサベルデ国立公園のサンテンプルの遺跡には、太陽のコロナを描いた石がある
両部族共、紀元前から
13 世紀末まで存在し、フレモント族は狩猟採集民族、
古代プエブロ族は繁栄した農耕文化であったが、その後、突然に衰退。


古代プエブロ族の末裔は
アリゾナ州、ニューメキシコ州にホピ族、ズニー族の集落がある。
フレモント族の末裔は、後に
ユーテ族と成り、白人が馬を持ち込んでからは、
すぐれた馬術を身につけて遊牧民と成った。


キャニオンランズ国立公園 ユタ州

コロラド高原に位置し、1366 km²の面積、コロラド川とグリーン川によって浸食された峡谷。
二つの川は公園内で合流し、川によってアイランド・イン・ザ・スカイ、ニードルズ、メイズの三か所の地区がある。
三つの地区は峡谷で隔て、公園内では行き来する事は出来ない。その他に秘境ホースシュー・キャニオンがある。

アイランド・イン・ザ・スカイは、公園の北、コロラド川とグリーン川 の間にある広く水平なメサで、
アイランド・イン・ザ・スカイの365 m下にある砂岩のテラスである。
ホワイト・リム とホワイト・リムのさらに 304 m下にある川を見渡す多くの展望台がある。

ニードルズ地区は、そこにそびえたつ赤と白の縞模様の岩の尖塔に因んで名付けられたが、
峡谷、地溝、池、近くのアーチーズ国立公園の物に似た多くのアーチのように
自然によって彫刻された岩のその他の様々な形態も観察できる。

多くのアーチに短いか中距離のハイキングで車ででも行く事が出来るアーチーズ国立公園とは違い、
ニードルズ地区の殆どのアーチは奥地の峡谷にあり、長時間歩くか四輪駆動車でしか行けない。

この地区は、古代プエブロ人の故郷で、多くの痕跡が発見されている。
彼らが使っていた道具類はほとんど盗掘者によって持ち去られたが、
彼らの石と泥の住居の多くは保存状態が良い。

古代プエブロ人はまた岩面彫刻の形でその痕跡を残しており、
最も有名なものは、ニュースペーパー・ロックです。

コロラド川とグリーン川の西にあるメイズ地区は、最も不便な地区である。
北に離れた地区は、ホースシュー・キャニオン地区で、
古代プエブロ人より前から存在した古期後半 の狩猟採集民族に
よって岩の板に描かれた絵がある。




ニュースペーパーロック ユタ州 #1
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ニュースペーパーロック ユタ州 #2
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ニュースペーパーロック ユタ州 #3
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ニュースペーパーロック ユタ州 #4
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ニュースペーパーロック ユタ州 #5
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ニュースペーパーロック ユタ州 #6
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ニュースペーパーロック ユタ州 #7
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ニュースペーパーロック ユタ州 #8
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ニュースペーパーロック ユタ州 #9
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ニュースペーパーロック ユタ州 #10
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ニュースペーパーロック ユタ州 #10
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米国ラスベガス写真家KEN KANAZAWA
americadaishizen.com

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by javaho3 | 2013-01-03 14:27 | ニュースペーパーロック | Trackback