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デスバレーの動く石



デスバレーの動く石 カリフォルニア州/ネバダ州
レーストラック・プレアー、神様の落書き


カリフォルニア州とネバダ州のデスバレーの僻地のレーストラック・プレアーで、
死の谷を人知れず大移動するさまよう岩があり、カリフォルニア州のデスバレー国立公園では、
自然に
100kg以上もある巨大な岩が枯れた湖の上を人知れず移動し、
ずりずりと引きずられたかのような痕跡があります。


写真家一生に一度、写真に収めたい被写体がレーストラックと言われています
ライド・ストーン、ムービング・ストーンと呼ばれ、直線や曲線、
ヘアピンカーブを描いたり、鋭角に曲がり、
神様の落書きのような模様はまさに自然の神秘です。

まだ岩が実際に動いているところを目撃した人はいません。
神秘の現象はデスバレー国立公園内のパナミント山脈北部にある
レーストラック・プレアーの乾いた湖で見られます。


科学者は、この現象は複雑な気象条件が原因と考えています。
「風」と「氷」の
2つの説が最も有力で、夜に石の下の地面が氷結し
静止摩擦係数が低くなった状態で、時速
145km位の突風により石が動き始め、
強風に押しされて地表の薄い泥の層の上を滑り続けるのではと考えています。


レーストラック・プレアーはほぼ起伏がなく、石の多くはわずかに上り坂の方向へ動いている
レーストラック・プレアーの北部は南端より数センチ標高が高い為。
1年に320m以上も移動する事もあり、動いているところは誰も目撃した事がないので、
どれほどのスピードで動くのかはまだ明らかにされていません。

石は大きなものでは100kg以上に成り。
ほとんどはレーストラック・プレアーの南端の高さ
260mの丘陵から
落石した苦灰岩ですが、近接した丘からの火成岩も混ざっています。


162個の石には観測者達によりそれぞれ「Stacy」「Pamela
など女性の名前が付けられています。

鋭角に曲がったり、初め平行に動いていた石が分離したり、滑っていた石が転がったり、
動くときには実に複雑な動きをしている。
レーストラック・プレアーの
不思議な現象から宇宙人や超常現象を連想する人達もいます。
レーストラック・プレアーがエリア
51と近い位置にある事からも納得します。

最近デスバレーの動く石が、謎が解明されたとニュースが舞いこんできましたが、
でも・・神秘そのもので大地のパワーを感じる事が出来、
デスバレーの動く石は、まさに神様の落書きなのだ!


デスバレー

1994108日国立公園に登録。全米の国立公園、最大広さ。
総面積は
13,158平方km長野県と同じ広さです。

複数の山脈を含み標高が高い所では海抜3mを超え、
アメリカの国立公園の中で最も乾燥した地域で、
西半球で最も海抜の低い盆地のバッドウォーター、-
8.5mがあります。
夏には気温が50度を超え、世界で観測史上2番目に高い気温、58度を記録しました。

デスバレー国立公園はアメリカの国立公園の中で最も乾燥した地域で、
西半球で最も海抜の低い盆地のバッドウォーター、-
8.5mがある。
デスバレー国立公園内は砂漠環境に適した、
哺乳類
:51、爬虫類:36、魚類:5、鳥類346、植物1042が生息、
クレオソート・ブッシュ、ビッグホーン、コヨーテ、

デスバレー・パプフィッシュが生息。


デスバレーの地名は、1849年ゴールドラッシュ、
カリフォルニア州にある金鉱地へ向かっていたグループが
近道をしようとこの谷に迷い込み、
数週間さまよった末にメンバーの数人が
酷暑と水不足によって命を落とした事に由来。


最初に人類が定住したのは紀元前7000年頃、狩猟採集民族のネバレス・スプリング族が居住していた。
マンリー湖やパナミント湖の巨大な湖があり、気候は温暖で動物が数多く生息していた。


紀元前3000年頃、ネバレス・スプリング族に代わってメスキート・フラット族がこの地域に定住。
西暦元年頃、高温で乾燥した砂漠へと変化したこの地域に、サラトガ・スプリング族が移住。
サラトガ・スプリング族は集団での狩猟技術に優れた民族で、手工芸にたけていた。
デスバレーの谷底には、サラトガ・スプリング族によって作られた、
奇妙な形に配された石が残されている。

1000年頃、遊牧民族のティンビシャが移住。ティンビシャは、
「ショショーニ族」と呼ばれ、「パナミト」や「コソ」の呼び名であった。
移住してきたティンビシャは、狩猟や、メスキート、ピニヨン・パインの実を採集して定住。


ゴールドラッシュ

有名な鉱石は、食塩やホウ酸塩、滑石などが堆積した
蒸発残留岩に含まれるホウ砂で回収
しやすく、利益率の高い鉱石。

1881年、初めてホウ砂が発見され、イーグル・ボラックス・ワークスが
デスバレーでホウ砂の商業活動を開始。
1883年の末にはハーモニー・ボラックス・ワークスのウィリアム・テル・コールマン
がこの地域に工場を建設し、
1888年まで石鹸の製造や、工業用に使用されるホウ砂の生産を行った。
トウェンティ・ミュール・チームが265km離れたモハーベにある鉄道までホウ砂を輸送した。
工場と鉄道とを
30日かけて往復。
1920年代まで、世界第1位のホウ砂の供給源。





動く石・デスバレー #1
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動く石・デスバレー #2
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動く石・デスバレー #3
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動く石・デスバレー #4
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動く石・デスバレー #5
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動く石・デスバレー #6
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動く石・デスバレー #7
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動く石・デスバレー #8
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動く石・デスバレー #9
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米国ラスベガス写真家KEN KANAZAWAルート66アメリカ大陸横断写真集
kenkanazawa.com

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by JAVAHO3 | 2016-03-20 14:59 | デスバレーの動く石 | Trackback | Comments(0)

ハバスの滝 グランドキャニオン アリゾナ州


ハバスの滝 アリゾナ州

グランドキャニオンのオアシス、ハバス・キャニオンのハバスの滝は
コロラド川の支流ハバスクリーク沿いにあり、ハバスパイ族の居留地区で
彼らの独自の言語を持っている。


ハバスパイとは、インディアン語で「青緑色に光輝く水のある地」という意味です
その名の通り、石灰石を含むためにサファイアブルー色をしている、
これは石灰石の含有率が高い為です。ハバス滝は、清流が魅力的な桃源郷です。


ハバスの滝は石炭岩を含む青緑色の水でアメリカ大自然の神秘です。
さらに、ハバスパイには、4つの滝~
ナバホ滝、ハバス滝、ムーニー滝。ビーバー滝があります。


ハバス・トレイル

距離:片道12.8km所要時間:下り約34時間、上り約46時間

ヒルトップからの行き方はトレイルを歩くだけではなく、
馬やヘリコプターを利用して村まで行くこともできます。

ちなみにトレイルを歩くと片道4~5時間のところ馬で同じ道を行くと3時間。
ヘリコプターは
4分で着きます。グランドキャニオンのサウスリムのビレッジから55km離れた
ハバスパイ族居留地区にあり、秘境の地でヘリコプターでも片道
20分掛る。


ハバス・キャニオンには、約600人のハバスパイ族の村スパイ・ビレッジがあります、
元々グランドキャニオンのサウスリムのインディアン・ガーデンに住んでいましたが、
グランドキャニオンが国立公園になる時追い出された部族です。


ハバスパイ族はこの地に800年以上も済み続けている。
村を流れるハバスクリークがあル現在ハバスパイ族の居住区は
748k㎡ある。


1882年にアメリカ合衆国政府ははハバスパイ族の土地を
2.10k㎡に制限したが93年後の1975年に居住区は拡大されている。
村の中心地にはスーパーが1軒。スーパーの向かいにはカフェが
1軒。
他には郵便局、学校、教会、観光案内所があります。


村の学校は中学校までで高校からはアメリカ政府の援助があり、
アメリカの学校に進学出来る。大学も援助があるが、
高校を卒業後は村に戻ってくる若者が多いそう。


バランスロックの岩が村の中心から見え、この岩はワイカーリーバと名付けられている。
これが崩れたらハバスパイ族はこの地を去る時と言い伝えがあります。


グランドキャニオン国立公園
アリゾナ州北部にある峡谷で、コロラド高原がコロラド川の浸食によって削られた。
先カンブリア紀からペルム紀までの地層を目のあたりにする、まさに地球
46億年の歴史です。


グランドキャニオンは20億年の地層が肉眼で観る事が出来る事が
グランドキャニオンの素晴らしいのです。
グランドキャニオンは
7000万年前、地球の地殻変動により隆起した、
4000万年前コロラド川の浸食がはじまり、500万年前に全容を表し、
現在の様な峡谷になったのは約
200万年前今もかお浸食は続いている。


長さ446km、幅6km~29km、深さ平均1200m、最も深いところで1800m
10500年前には人類がいたと思われ、インディアンは少なくとも4000年前にはこの地域に住んでいた。

15409月スペイン人領だったこの地域を軍人ガルシア・ロペスと隊が金を探しに来た。
1869年アメリカ軍人ジョン・ウエスレー・パウエルは調査の為訪れた。





ハバスの滝 ハバスパイ #1 グランドキャニオンの人々 ハバスパイ族の居留地区
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ハバスの滝 ハバスパイ #2           グランドキャニオン
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ハバスの滝 ハバスパイ #3           シュップ・ロック
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ハバスの滝 ハバスパイ #4           ハバスパイ族荷物の運搬
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ハバスの滝 ハバスパイ #5           ハバスの滝
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ハバスの滝 ハバスパイ #6
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ハバスの滝 ハバスパイ #7           この岩が守ってくれるとの伝説がある
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ハバスの滝 ハバスパイ #8
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ハバスの滝 ハバスパイ #9            キリスト教会
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ハバスの滝 ハバスパイ #10           コンビニと郵便局
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ハバスの滝 ハバスパイ #11
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ハバスの滝 ハバスパイ #12           ヘリで来る方も多い
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by JAVAHO3 | 2016-03-15 11:09 | ハバスの滝 | Trackback | Comments(0)

グランドキャニオン 世界遺産


グランドキャニオンアリゾナ州

世界の7不思議」「宇宙から唯一見える地形」「地球の傷」神が創造した芸術です。

1919年 国立公園に制定1979年 世界遺産登録 アメリカ三大国立公園の一つ


地球46億年の歴史と言われていますが、グランドキャニオンの一番深い処は約20億年前の地層で、肉眼で見る事が出来きます。コロラド川によって浸食、全長430km南壁と北壁は平均1600km、深さ1600km、標高2100m。500種以上の植物、355種の鳥類、89種の哺乳類、47種のは虫類9種の両生類、17種の魚類。


コロラド高原がコロラド川の浸食によって削り出された地形、先カンブリア紀からペルム紀までの地層で地球の歴史を肉眼で観る事が出来る。グランドキャニオンの起源は7000万年前、カイバブ・アップリフトの地殻変動により隆起。約4000万年前、コロラド川の浸食が始まる。峡谷は500万年前に全容を現し、現在の峡谷に成ったのは、約200万年前。


10500年前に人類が生活し、4000年前には、すでにインディアンが住んでいた。ヨーロッパ人では、15409月スペイン領だったこの地域をコンキスタドール、フランシスコ・バスケス・デ・コロナドの命を受けて、金を探していた軍人ガルシア・ロペス・デ・カルデナス隊が探検した3分の1ほどサウス・リムを下り、水が無くなった為に上に戻った。先住のホピ族が金は出ない事を教え、彼らは去り、以降ヨーロッパ人からは忘れ去られていた。1869年アメリカ軍人ジョン・ウェズレー・パウエルがこの地域の調査を行った。


1800年代、探鉱者が多く集まった、アニタ鉱山(ウィリアムから45km北)からの運搬用に作られた

1899年源鉱が予想ほど採掘されなかった為、資金難に陥る

1901917日、サンタフェ鉄道が買い取り、グランド・キャニオンまでの軌道を設置、乗客鉄道として開通

1968年、自動車の普及により、利用者数が減少、サービスの停止

1989917日、運行再開


利用した著名人セオドア・ルーズベルトフランクリン・ルーズベルト、オバマ大統領、アイゼンハワド、ビル・ゲイツ、ポール・マカートニ―グランドキャニオンは、年間を通してアメリカ人はもとより全世界から多くの観光客が訪れる。その数およそ年間400万人


グランドキャニオンにはサウスリムとノースリムがあるが、観光の中心となるのはサウスリムで、大部分の観光客が訪れる。観光地周辺は標高2000m級の高地で、年間を通じて開園されている。ノースリムは標高が2500mほどで、積雪のため冬期は閉鎖される。サウスリムには、6ヶ所の宿泊施設、ギフト・ショップ、銀行、郵便局、スパーマーケット、ビジターセンター、鉄道の駅がある。また、園内を巡回する無料のシャトルバスも3路線走っており、滞在者にとっては便利な足となっている。





グランドキャニオン 世界遺産 #1
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グランドキャニオン 世界遺産 #2
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グランドキャニオン 世界遺産 #3
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グランドキャニオン 世界遺産 #4
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グランドキャニオン 世界遺産 #5
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グランドキャニオン 世界遺産 #6
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グランドキャニオン 世界遺産 #7
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グランドキャニオン 世界遺産 #8
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グランドキャニオン 世界遺産 #9
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グランドキャニオン 世界遺産 #10
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米国ラスベガス写真家ken kanazawa
americadaishizen.com


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by javaho3 | 2016-03-10 11:08 | グランドキャニオン | Trackback

デスバレー

デスバレー

1994108日国立公園。全米の国立公園中、最大広さで総面積は13158平方km長野県と同じ広さ。

アメリカのカリフォルニア州中部、モハベ砂漠の北に位置する深く乾燥した盆地。そこは西半球で最も低く、そして最も暑い場所。谷の中心部の標高は、海抜-86m。真夏には50℃を越えることもあり、年間平均降水量はわずか50mm、まさに死の谷。

1913710日には観測史上最高の華氏134度(摂氏56.6度)を記録。1929年と1953年には 年間降水量ゼロ1年間全く雨が降らなかった記録もある。

1972715日には、ファーニス・クリークの地表温度は華氏201度(摂氏93.89度)を記録した。暑く不毛の地にも思えるデスバレーにも多くの野生動物や植物が生存している。山脈に住むコヨーテ、大角ヒツジ、ボブキャット、コウモリ、クーガーやラバ鹿など52種類の哺乳動物、307種の鳥類、36種類の昆虫、5種類の両生動物が生息している。

2月中旬から4月中旬ファーニス・クリークではポピー、ユリ、ヒナギクやサクラソウが花を咲かせ、4月から5月初旬は、標高の高いエリア600m900mのパナミッット・マウンテンに春に成る。カリフォルニア州とネバダ州州境にあるデスバレーは、アラスカを除くとアメリカで最大の国立公園。 長さは200Km、幅は25Kmとほぼ福島県同じ大きさ。標高も海面下の谷から3000mを超える山がそびえ立つ。


バッド・ウオ
西半球で最も低い場所で海抜-85.2m。元々塩水湖だった場所で、真っ白な大塩原には塩の結晶が美しく、塩の道は絵に成ります。

デビルス・ゴルフ・コース

塩の結晶と泥が混じり合い、固まり。岩を造り上げている。 人間にはゴルフなんかできないような荒地だが、悪魔ならプレイできるだろうと名が付いた。

スコッティ・キャスル

デスバレーの北の端に建つ、保険業界の大金持ちの別荘。 異様なほどゴージャスな館で、贅の限りを尽くした内装に驚かされる。名前の由来は、金鉱掘りのスコットが彼の投資家だった大金持ちの別荘をあたかも自分のものであるように吹聴した為、そう信じられる。

デスバレーの動く石

元々湖底が隆起し干上がった大地。 ところどころに唐突に石があり、動いた跡ついている。 場所によっては複数の石が同じ方向に動いて、気の長いレースをしている。泥に覆われた地面が濡れて滑りやすくなったところへ、強風が吹いて動いたとする説が有力だが、まったく逆方向に動いた石が並んでいることもあるし、なかには直径1m以上の大きな石もあり、ちょっとやそっとの風では動きそうにない。 実際に石が動く瞬間を目撃した人はいないが、最近謎が解明されたと・・ニュースが?

アーテスト・パレット

地球内部のパワーが噴出し、色彩豊かな鉱物が露出している。 黄色、赤、茶色、緑や紫の岩があり、アーティストが絵の具で塗った様な景色です。

ゼブラスキ・ポイント

デスバレーの背骨と言われている。黄金色の泥が1000万年前に湖底に沈殿して出来た地層で太陽の光を浴びると金色に輝く山が美しい。 ロック・グループU2のジョシュア・ツリーのアルバムのロケ地

ダンテス・ビュー

デスバレーを一望する標高1669mの展望台。眼下には-85.2mの白い塩の広がり、正面には3000mを超えるシェラネバダ山脈が西海岸との大きな壁と成っている。

デスバレーの地名は、1849年ゴールドラッシュ、カリフォルニア州にある金鉱地へ向かっていたグループが近道をしようとこの谷に迷い込み、数週間さまよった末にメンバーの数人が酷暑と水不足によって命を落とした事に由来している。

最初に人類が定住したのは紀元前7000年頃、狩猟採集民族のネバレス・スプリング族が居住していた。マンリー湖やパナミント湖の巨大な湖があり、気候は温暖で動物が数多く生息していた。

紀元前3000年頃、ネバレス・スプリング族に代わってメスキート・フラット族がこの地域に定住。

西暦元年頃、高温で乾燥した砂漠へと変化したこの地域に、サラトガ・スプリング族が移住。サラトガ・スプリング族は集団での狩猟技術に優れた民族で、手工芸にたけていた。デスバレーの谷底には、サラトガ・スプリング族によって作られた、奇妙な形に配された石が残されている。

1000年頃、遊牧民族のティンビシャが移住。ティンビシャは、「ショショーニ族」と呼ばれ、「パナミント」や「コソ」の呼び名であった。移住してきたティンビシャは、狩猟や、メスキート、ピニヨン・パインの実を採集して定住。

ゴールドラッシュ

有名な鉱石は、食塩やホウ酸塩、滑石などが堆積した蒸発残留岩に含まれるホウ砂で回収しやすく、利益率の高い鉱石。1881年、初めてホウ砂が発見され、イーグル・ボラックス・ワークスがデスバレーでホウ砂の商業活動を開始。

1883年の末にはハーモニー・ボラックス・ワークスのウィリアム・テル・コールマンがこの地域に工場を建設し、1888年まで石鹸の製造や、工業用に使用されるホウ砂の生産を行った。

トウェンティ・ミュール・チームが265km離れたモハーベにある鉄道までホウ砂を輸送した。工場と鉄道とを30日かけて往復。1920年代まで、世界第1位のホウ砂の供給源。





デスバレー #1
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デスバレー #2
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デスバレー #3
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デスバレー #4
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デスバレー #5
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デスバレー #6
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デスバレー #7
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デスバレー #8
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デスバレー #9
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デスバレー #10
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デスバレー #11
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デスバレー #12
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米国ラスベガス写真家KEN KANAZAWA
americadaishizen.com

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by JAVAHO3 | 2016-03-07 14:53 | デスバレー | Trackback

ブリッスルコーンパイン 世界最古の樹木


ブリッスルコーン・パイン 世界最古の樹木

日本語ではイガゴヨウマツ。世界最古の巨木は4800

「樹木の王様」地上に生存する最古の生命体で、
エジプトのピラミッドより昔から標高
3300m
長年にわたり過酷な環境に耐えきた。

冬は-30度、雪に埋もれる過酷な環境で時間をかけ成長し
水分を通さない樹脂を生み出し害虫、キノコの害に合わない
又酸素の少ない高地の為山火事にも合いにくい。
死んでいる様に見えるが樹齢を重ねるに連れ外側の樹皮は
枯れはて根本から限られた枝へつぎみされる。


ブリッスルコーン・パインは標高2000m3000mに生息している。
高地の強風の吹き荒れ、紫外線、極寒、乾燥とおよそ生物に適していない
土地で土壌も岩石質の斜面土壌と戦いながら、自然と適合しながら生存してきた。
強風や砂でねじれ、うねるような形態になっているが、ねじれるのは、
風上側の乾燥により細胞の角度にひずみが生じると言われている。


ブリッスルコーン・パインの年輪は他の樹木のような完全な輪ではなく、
苛酷な環境での少しの養分で、一部分だけで生きてその他の部分の活動を停止する為。
生長速度も遅く、幹周りは
100年で2.5cm程度しか大きくならない。

ブリスルコーンパインの寿命は約5500年。
日本では縄文杉が有名で樹齢
7000年と言われているが、
これは巨樹特有の推定樹齢である。


プリスルコーンパインはこの木の研究に一生を捧げた
シュールマン博士により科学的に樹齢を検証され
た。

樹の中心部から木片を取り出し放射性炭素測定法によって測定したり、
特殊な金具で年輪に直角に木片を取り出し、年輪を数えたりすると正確な樹齢が出る。

縄文杉は木が重なっており、樹齢としても2200年から最高でも4000年程度であるが、
シュールマン博士により「メスーゼラ」と名付けられた、

ブリスルコーンパイン4700年であった。科学的に測定された樹として、
現存する世界の最高樹齢の木はブリスルコーンパインである。

「メスーゼラ」はカリフォルニア州東部のインヨー国有林、
ホワイトマウンテン標高
4342mに今なお存在している。


メトセラ

旧約聖書の『創世記』521節から27節に登場する、伝説的な人物。
創世記には、エノクの息子で、ノアの方舟で知られるノアの祖父にあたる。
メトシェラは
969歳で死んだと書かれている(創世記5:27)聖書で
最も長寿であった人物である。

メトシェラはエノクが65歳のときに生まれた(創世記5:21187歳の時
ノアをもうけ(ノアの父はメトシェラの子のレメク)、ほかに男子と女子をもうけた。

その齢は969歳であったと聖書に書かれている。
4000歳以上のブリッスルコーン・パインが17本残っている。
標高3000m以上に広がる森は通常の森とまったく異なり、
別世界のようで、シエラ・ネバダ山脈の眺めも楽しめる国立公園だ。
「メトセラ」の名前がついている。


最長寿の木は多数の観光旅行者からの保護の為、
他の地区の巨樹のような看板もなく、
一般には公表されていない。


ユタ州とネバダ州の境にあるグレート・ベイジン国立公園にも
ブリッスルコーン・パインがある。
ウィーラーピーク標高3981m山には、世界最高齢の
ブリッスルコーン・パインが何本も発見され、
それらは「プロメテウス」「ソクラテス」
「仏陀」
などの名前が付けられた」という

5100年の最高樹齢を記録した。ブリッスルコーン・パインも
この山の北東斜面にあったと言われている。


1964年に古木プロメテウス、ギリシャ神話の神の名の樹木を
地質学者が切り落とす悲劇があった。

メトセラは旧約聖書から世界最長寿の人物から名づけられた。
5000年以上と言われているが保護の為秘密にされている。




ブリッスルコーンパイン #1 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #2 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #3 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #4 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #5 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #6 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #7 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #8 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #9 世界最古の樹木
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ブリッスルコーンパイン #10 世界最古の樹木
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by javaho3 | 2016-03-07 07:37 | 世界最古の樹木 | Trackback

ハンツ・メサ モニュメントバレー


ハンツ・メサ(HUNTS MESA )モニュメントバレー アリゾナ州

モニュメントバレーには、知る人ぞ知る写真家憧れの秘境の地、

ハンツ・メサがあります。

近くの町のカエンタから4輪駆動で約2時間半から3時間、前半は、
砂漠を走り、後半は岩を登る感じですね。まず一般の観光客は来れない所です。


ハンツ・メサの名前の由来は、山師の白人ハンツからで、
彼はウランを発掘しにモニュメントバレーに来た人物から名付けられました。

南ユタ州とアリゾナ州の境界線とナバホ郡とアパッチ郡
インディアン居留地区の境界線に位置し、モニュメントバレーの南東側の
リトルキャピタン・バレーの北側の岩山で標高は
6365mあります。


ハンツ・メサへのアクセスは、公園の一般的な入り口を通ってではなく、
むしろ北東部の町の砂丘を通り、カイエンタ、アリゾナ州側に入口がありますが、
まず看板の無いので分からないです


人も殆どいません・・・メサ(スペイン語でテーブルの意)の上から
モニュメントバレーの大地が、パノラマで観る事が出来、
昼は地球を感じ、夜は宇宙を感じる事が出来ます。


写真家が一度は行ってみたいアメリカでもトップレベルの写真スポットです。
モニュメントバレー2代憧れの場所がハンツ・メサともう一つは、ミステリーバレーです。
ハンツ・メサは個人では行く事が出来ずナバホ族のガイドが必要に成ります。
お勧めは、ハンツ・メサでのオーバー・ナイトで夕方から夜にかけ地球のグラディエション、
まさに地球を神秘!又夜は、満点の星空で宇宙体験出来ます。


19841016日に、米国空軍のB-52の爆撃機がハンツ・メサに墜落し、
7人の乗組員の内2人が死亡した。





ハンツ・メサ モニュメントバレー #1
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ハンツ・メサ モニュメントバレー #2
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ハンツ・メサ モニュメントバレー #3
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ハンツ・メサ モニュメントバレー #4
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by javaho3 | 2016-03-03 13:55 | ハンツ・メサ | Trackback