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ナバホ族とモニュメントバレー



インディアンは元々アジア系のモンゴロイド

北アメリカ大陸に最初に住んだ人々はアジア系のモンゴロイドである。インディアンは氷河期であった3年前から1万年前に、食糧と成る獲物を追ってベーリング海を渡りシベリアからアラスカを経由し、広大なアメリカ大陸各地に分散していった。インディアンは母系社会で人口は余り多くはありませんでした。インディアンは統一したアイデンティティが無く、部族それぞれが独自の共同体を作りアメリカ中に移動していた。


ナバホ族=ディネ

南北アサバスカ語族の自称。カナダのインディアン部族、「ヘアー・インディアンの事。アラスカからカナダにかけて先住するインディアン部族のグループ名。アメリカのインディアン部族のナバホ族、アパッチ族の事。言語は「ディネ」の内、ヘアー・インディアンの言語は、北西カナダの言語グループの北部アサバスカ語である。「ヘアー・インディアン」ディネはカナダの北西部の極北地帯から南西部にかけて先住するアサバスカ語族系の狩猟民。カナダでは、インディアン民族はファースト・ネイションと呼ばれる自治共同体を形成しており、ヘアー・インディアンもこの一つである。「ディネ」は、「流れと大地」を意味。


多数のバンドに分かれティピーによる平原での狩猟をしており、領域にヘラジカなど大型の獲物が少ないことから事にカンジキウサギ=ヘアーを主食としている。冬季には慢性的な飢餓に苦しめられ、人肉食の記録も数多く残されている。エスキモーに似た風俗で、「ヘア・インディアン・ドッグ」という独自犬種を犬ぞりに使う。カナダ政府の同化政策によって、伝統的な生活は消滅しつつある。


ヘアー・インディアンは5つの氏族で構成されている。

1、チペワン族(ディネスリネ)グレート・スレイブ湖畔に先住する。アメリカ・インディアンのチッペワ族とは無関係。

2、トリ、チョ族(ドグリブ族) グレート・スレイブ湖とグレート・ベア湖の中間に先住する。

3、イエローナイブス族(タツァオチネ族) グレート・スレイブ湖の北に先住する。現在はチペワン族傘下に入っている。

4、スレイビー族(デーガーゴチンネ、またはデーチョ族) デーチョ川(マッケンジー川)からグレート・スレイブ湖畔南西に先住。

5、サーツ族(サーツ・ティネ族) ベア湖畔に先住。


ナバホ族は、インディアン最大の部族である。ナバホ族の伝統的な住居、ホーガンは半球型のかまくらの様な形でその辺り2億年前の地層で出来た赤土を使用。真上に煙突、朝一番の太陽の光を取り込む為東向きに入口があります。室内に入ると10畳位の広さで、内壁は直径2030cmのジュニパーの丸太をキッチリ積み上げ釘は1本も使わず半球の型をしている。ドアの左が男の寝るところ、右は女の寝るところで家の中は時計回りに回る決まりがある。明りはガソリンランプを使用する。ホーガンは、木組みと土で出来たイグルーの形の独特の伝統住居を持つ、「ホーガン」で暮らす伝統派のナバホは多い。


ナバホ族はかつてカナダの北西部に住んでいた。元々はアパッチ族と同じ種族で狩猟民族だったが北西部から南下する時期が異なり別々の種族になった。ナバホ族は14世紀から現在の場所、アリゾナ州、ニューメキシコ州に到達した。17世紀になり、ナバホ族はスペイン人と出会いヒツジ、ヤギの飼い方を習い遊牧民になった。石炭の採掘業者が掘削に地下水を使う為、保留地は慢性的に水不足であり、雨乞いの祈りが今も盛んである。呪い師による「砂絵」を使った呪術が盛んである。スー族と文化交流が盛んで、ティピーやサンダンスなど、平原部族の文化を採り入れるようになった。


羊毛、石炭・ウラン採掘など。外部の石炭開発業者の開発で水源が破壊されており係争中である。羊の放牧は年次ごとに連邦管理官のチェックがあり羊が許可頭数を超えていた場合、管理官によって強制的に処理させられる。羊の放牧は女の仕事である 第二次大戦以来、ウランが連邦政府によって採掘されて残滓が放置された。知らずにホーガンの材料にするなどして汚染が広がり、人的な放射能被害が深刻である。核実験場からの死の灰の影響もあり、放射能被害者を総称して、「風下の人々」と呼ばれる。


第二次世界大戦とナバホ族

ナバホ族は米軍兵として第一・二次の両世界大戦に徴用された。インディアンに米国籍が与えられた直後の第二次大戦では、35万人の全インディアン人口の内、44千人以上のインディアン男性が米軍兵と成った。「コードトーカー」と言われ。ナバホ族の言語は暗号として使われた。暗号としてのナバホ語の利用は、日本に対して行われたのである。



ナバホ族 モニュメントバレー #1        下からアリゾナ州、ナバホ・ネイション、アメリカの星条旗
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ナバホ族 モニュメントバレー #2        昔のモニュメントバレーの道
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ナバホ族 モニュメントバレー #3        数多くのウエスタン・ムビーのロケ地
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ナバホ族 モニュメントバレー #4        ナバホ族は、何かの記念のお祝いの時ここで写真を撮りに来ます。
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ナバホ族 モニュメントバレー #5        数年前他界されましたがフランクさんのお孫さん
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ナバホ族 モニュメントバレー #6        ナバホ・ガール
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ナバホ族 モニュメントバレー #7        ナバホ・ダンサー
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ナバホ族 モニュメントバレー #8        ナバホ・ダンサー
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ナバホ族 モニュメントバレー #9
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ナバホ族 モニュメントバレー #10
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ナバホ族 モニュメントバレー #11       インディアン・ジュエリー 魔よけの聖なる石
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ナバホ族 モニュメントバレー #12
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ナバホ族 モニュメントバレー #14       ナバホラグの作家
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ナバホ族 モニュメントバレー #15       友人のジョン
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ナバホ族 モニュメントバレー #16        今は一番右のチーフ以外はいませんが、ロ―ワ―・アンテロープのメンバー
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ナバホ族 モニュメントバレー #17
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ナバホ族 モニュメントバレー #18
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ナバホ族 モニュメントバレー #19
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ナバホ族 モニュメントバレー #20
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ナバホ族 モニュメントバレー #21       友人のローズ
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米国ラスベガス写真家KEN KANAZAWA
americadaishizen.com

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by javaho3 | 2015-06-04 02:07 | ナバホ族 | Trackback

ホーガン、ナバホ族の住居


ナバホ族のホーガン

インディアンは、北アメリカ大陸で最初に住んだ
人々はアジア系のモンゴロイドである。

インディアンは氷河期、約3万年前から1万年前にかけて、
凍結したベーリング海を渡ってシベリアからアラスカを
経由して広大な南北アメリカ大陸各地に分散していった。


インディアンは母系社会で人口はわずかであった。
インディアンによる統一したアイデンティティは発生せず、
部族それぞれが独自の共同体を維持しアメリカ中に移動していた。


インディアンの中の最大の部族、ナバホ族の伝統的な住居
ホーガンは半球型のかまくらの様な形でその辺り2億年前の地層で出来た赤土を使用。
真上に煙突、朝一番の太陽の光を取り込む為東向きに入口がある。

室内に入ると
10畳位の広さで、内壁は直径2030cm

ジュニパーの丸太をキッチリ積み上げ釘は1本も使わず
半球の型をしている。ドアの左が男の寝る場所、右は女の寝る場所で
家の中は時計回りに回る決まりがある。明りはガソリンランプ


ナバホ族はかつてカナダの北西部に住んでいた。
当時はアパッチ族と同じ種族で狩猟民族だったが
北西部から南下する時期が異なり別々の種族になった。

ナバホ族は14世紀から現在の場所、アリゾナ州、
ニューメキシコ州に到達したと言われています。
17世紀になり、ナバホ族はスペイン人と出会い
ヒツジ、ヤギの飼い方を習い遊牧民に成った。


ホーガンという、木組みと土で出来たイグルーのような形の、
独特の伝統住居を持つ。「ホーガン」で暮らす伝統派のナバホは多い。
石炭の採掘業者が掘削に地下水を使う為、保留地は慢性的に水不足であり、
雨乞いの祈りが今も盛んである。

呪い師による「砂絵」を使った呪術が盛んである。
スー族と文化交流が盛んで、ティピーやサンダンスなど、
平原部族の文化を採り入れるようになった。


羊毛、石炭・ウラン採掘など。外部の石炭開発業者の開発で
水源が破壊されており係争中である。羊の放牧は年次ごとに
連邦管理官のチェックがあり羊が許可頭数を超えていた場合、
管理官によって強制的に処理させられる。


羊の放牧は女の仕事である 第二次大戦以来、ウランが連邦政府に
よって採掘されて残滓が放置された。知らずにホーガンの材料に
するなどして汚染が広がり、人的な放射能被害が深刻である。
核実験場からの死の灰の影響もあり、放射能被害者を総称して、
「風下の人々」と呼ばれる。


ナバホの正式名はディネ

南北アサバスカ語族の自称。カナダのインディアン部族、
「ヘアー・インディアンの事。アラスカからカナダにかけて
先住するインディアン部族のグループ名。

アメリカのインディアン部族のナバホ族、アパッチ族の事。

言語は「ディネ」のうち、ヘアー・インディアンの言語は、
北西カナダの言語グループの北部アサバスカ語である。
「ヘアー・インディアン」
Deneはカナダの北西部の
極北地帯から南西部にかけて先住するアサバスカ語族系の狩猟民。

カナダでは、インディアン民族はファースト・ネイションと呼ばれる
自治共同体を形成しており、ヘアー・インディアンもこの一つである。
「ディネ」は、「流れと大地」を意味。


ネイティブ・アメリカン
アメリカ合衆国の先住民族の総称である。アメリカ・インディアンは、
この呼称を公式に承認しておらず、彼ら自身は
1977年に
スイスの国連先住民会議に代表団を送り、満場一致で
「我々の民族名はインディアンである」と公式に議決表明している。


日本のマスコミ・メディアにで「インディアン」を
「ネイティブ・アメリカン」、「アメリカ先住民」
と言いかえる行為は、「インディアンの民族」を
無視する行いで、民族浄化に加担している恐れがある。

ネイティブ・アメリカンと言う呼び名は、

1960年代の公民権運動で、アメリカ内務省の
「インディアン管理局」が使い始めた用語で、
インディアン側から出てきた言葉ではない。

この言葉は、インディアンのみならず、アラスカ先住民の
イヌイットやハワイ先住民のポリネシア・ミクロネシア人など、
アメリカ合衆国領内の先住民すべてを指す意味があり、
固有の民族名ではない。「ネイティブ・アメリカン」
という呼称そのものには、アメリカで生まれ育った
世代の移民の子孫(コーカソイド・ネグロイド・アジア系民族
などを含む。Wikipedia参照




ホーガン、ナバホ族の住居 #1
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ホーガン、ナバホ族の住居 #2
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ホーガン、ナバホ族の住居 #3
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ホーガン、ナバホ族の住居 #4
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ホーガン、ナバホ族の住居 #5
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ホーガン、ナバホ族の住居 #6
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ホーガン、ナバホ族の住居 #7
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ホーガン、ナバホ族の住居 #8
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ホーガン、ナバホ族の住居 #9
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ホーガン、ナバホ族の住居 #11
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ホーガン、ナバホ族の住居 #12
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米国ラスベガス写真家KEN KANAZAWA
americadaishizen.com

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by javaho3 | 2015-05-20 07:15 | ホーガンナバホ族の住居 | Trackback

キャニオン・デ・シェイ国定公園 アリゾナ州


キャニオン・デ・シェイ国定公園

アリゾナ州のモニュメントバレーから約1時間30分のChinleの町に位置している。
赤の大地に切り立つ巨大な岩、300mの切り立った断崖絶壁の下に先住民族の遺跡が3所、
ファースト・ルーム、ジャンクション・ルーム、ホワイト・ハウスがあり、

約40km続く。アメリカ大陸の中で、人類が最も長く生息している地域であり、
遺跡の保存状態が完璧で考古学上、文化遺産の研究、地質学的にも非常に貴重な存在である。

キャニオン・デ・シェイは、先住民族であるナバホ人たちが現在でも生活している。
ナショナルパークサービスが管理し、ナバホ独立国家である
ナバホ・トライバル・トラスト・ランド=ナバホ・インディアン保護区域
と管理を共有し、共同運営している。

アメリカ・サウス・ウエストのフォーコーナーズ、4つの州
コロラド州、ユタ州、ニューメキシコ州、アリゾナ州が十字に交差する
一帯に生存していた有史以前の先住民族には様々な議論があるが定説は無い。

最も有力説は約2万年前に、ベーリング海峡を渡ってきた古代民族が
狩猟をしながらアメリカ大陸を南下して来た人々である。
さらに南下を続けていった人々は南米まで到達し、
アステカ、マヤ文明などの高度な文明を築き上げた。

高度文明を持った先住民族はキャニオン・デ・シェイ周辺では、
約1900年前、アナサジ=古代の人々と呼ばれる先住民族がこの地に住み始めた。
当時は部落というものを持たず各自ばらばらに生活をしていたが、主に農耕を営んでいた。
それより約5000年以上前から人類が生活していた痕跡が残っている。

11~13世紀頃、約30万人もの先住民族がこの地域に生活していた。
アナサジ=古代の人々は、狩猟、採集、農作物の栽培なども始めたが、
これほどの文化をもった先住民たちが、13世紀にはなぜかこの地を放棄して南へ移動していった。


大規模な干ばつか、敵から逃げるためか、理由はいまだに不明である。
アナサジ族が去った後、アラスカやカナダ東部で発達した
アサバスカ民族(ナバホ族、アッパチ族など)の人々が南に移動して来た。

蜘蛛女の伝説
ナバホ族の友人がスパイダーロックにまつわるナバホ族の古い話しをしてくれました。
この岩には、「スパイダーウーメン蜘蛛女」が住んでいて、
今でもここに住むナバホ族の神様として信じられています。
ナバホの子供たちは「悪いことをするとスパイダーウーメンが下りてきて、
さらわれて岩の上で食べられるぞ」と親から脅かされて育ったそうです。


「蜘蛛女は全治全能の神様で、ナバホ族の生活に関する多くの神をつくった。
地球、太陽、月、星、雨、人、動物……だからナバホの人たちは生きる為の全てを大切にし、
また尊敬する習慣をこのスパイダーウーメンから学ぶことが出来た」。


蜘蛛女は、世界を作った全知全能の女神この岩に住むという。
らせん状にエネルギーが空に達し宇宙をつかさどる。
ナバホ族はこの女神を恐れ崇めている。




キャニオン・デ・シェイ #1
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キャニオン・デ・シェイ #2 大地を川が浸食、此処にナバホ族の村がある。
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キャニオン・デ・シェイ #3 ファースト・ルーム
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キャニオン・デ・シェイ #4 ジャンクション・ルーム
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キャニオン・デ・シェイ #5 ジャンクション・ルーム
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キャニオン・デ・シェイ #6 ホワイト・ハウス
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キャニオン・デ・シェイ #7 神聖な岩、スパイダー・ロック
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キャニオン・デ・シェイ #8 スパイダーロックの麓にキバの遺跡を発見
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by javaho3 | 2014-07-29 23:39 | キャニオン・デ・シェイ | Trackback | Comments(0)

ナバホ族の正式名称はディネ、モニュメントバレー


ナバホ族=ディネ

南北アサバスカ語族の自称。カナダのインディアン部族、「ヘアー・インディアンの事。アラスカからカナダにかけて先住するインディアン部族のグループ名。アメリカのインディアン部族のナバホ族、アパッチ族の事。言語は「ディネ」のうち、ヘアー・インディアンの言語は、北西カナダの言語グループの北部アサバスカ語である。「ヘアー・インディアン」ディネはカナダの北西部の極北地帯から南西部にかけて先住するアサバスカ語族系の狩猟民。カナダでは、インディアン民族はファースト・ネイションと呼ばれる自治共同体を形成しており、ヘアー・インディアンもこの一つである。「ディネ」は、「流れと大地」を意味。


多数のバンドに分かれティピーによる平原での狩猟をしており、領域にヘラジカなど大型の獲物が少ないことから事にカンジキウサギ=ヘアーを主食としている。冬季には慢性的な飢餓に苦しめられ、人肉食の記録も数多く残されている。エスキモーに似た風俗で、「ヘア・インディアン・ドッグ」という独自犬種を犬ぞりに使う。カナダ政府の同化政策によって、伝統的な生活は消滅しつつある。


ヘアー・インディアンは5つの氏族で構成されている。

1、チペワン族(ディネスリネ)グレート・スレイブ湖畔に先住する。アメリカ・インディアンのチッペワ族とは無関係。

2、トリ、チョ族(ドグリブ族) グレート・スレイブ湖とグレート・ベア湖の中間に先住する。

3、イエローナイブス族(タツァオチネ族)グレート・スレイブ湖の北に先住し、チペワン族傘下に入っている。

4、スレイビー族(デーガーゴチンネ、またはデーチョ族) デーチョ川(マッケンジー川)からグレート・スレイブ湖畔南西に先住。

5、サーツ族(サーツ・ティネ族) ベア湖畔に先住。


ナバホ族は、インディアン最大の部族である。
ナバホ族の伝統的な住居、ホーガンは半球型のかまくらの様な形でその辺り
2億年前の地層で出来た赤土を使用。真上に煙突、朝一番の太陽の光を取り込む為東向きに入口があります。室内に入ると10畳位の広さで、内壁は直径2030cmのジュニパーの丸太をキッチリ積み上げ釘は1本も使わず半球の型をしている。ドアの左が男の寝るところ、右は女の寝るところで家の中は時計回りに回る決まりがある。明りはガソリンランプを使用する。


ナバホ族はかつてカナダの北西部に住んでいた。元々はアパッチ族と同じ種族で狩猟民族だったが北西部から南下する時期が異なり別々の種族になった。ナバホ族は14世紀から現在の場所、アリゾナ州、ニューメキシコ州に到達した。17世紀になり、ナバホ族はスペイン人と出会いヒツジ、ヤギの飼い方を習い遊牧民になった。ホーガンは、木組みと土で出来たイグルーの形の独特の伝統住居を持つ、「ホーガン」で暮らす伝統派のナバホは多い。石炭の採掘業者が掘削に地下水を使う為、保留地は慢性的に水不足であり、雨乞いの祈りが今も盛んである。呪い師による「砂絵」を使った呪術が盛んである。スー族と文化交流が盛んで、ティピーやサンダンスなど、平原部族の文化を採り入れるようになった。


経済は、羊毛、石炭・ウラン採掘など。外部の石炭開発業者の開発で水源が破壊されており係争中である。羊の放牧は年次ごとに連邦管理官のチェックがあり羊が許可頭数を超えていた場合、管理官によって強制的に処理させられる。羊の放牧は女の仕事である 第二次大戦以来、ウランが連邦政府によって採掘されて残滓が放置された。知らずにホーガンの材料にするなどして汚染が広がり、人的な放射能被害が深刻である。核実験場からの死の灰の影響もあり、放射能被害者を総称して、「風下の人々」と呼ばれる。


第二次世界大戦とナバホ族

ナバホ族は米軍兵として第一・二次の両世界大戦に徴用された。インディアンに米国籍が与えられた直後の第二次大戦では、35万人の全インディアン人口のうち、44千人以上のインディアン男性が米軍兵と成った。ナバホ族の言語は、暗号として使われた。暗号としてのナバホ語の利用は、日本に対して行われたのである。




ナバホ族・ディネ #1
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ナバホ族・ディネ #2
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ナバホ族・ディネ #3
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ナバホ族・ディネ #4
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ナバホ族・ディネ #5
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ナバホ族・ディネ #6
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ナバホ族・ディネ #7
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ナバホ族・ディネ #8
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ナバホ族・ディネ #9
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ナバホ族・ディネ #10
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ナバホ族・ディネ #11
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ナバホ族・ディネ #12
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米国ラスベガス写真家KEN KANAZAWA
http://photolv2.exblog.jp/

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by javaho3 | 2014-02-16 01:27 | ナバホ族 | Trackback